一般社団法人日本臨床心理学会/全国オルタナティブ協議会 平成28年度年次大会へのお招き

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*  大会長 實川幹朗(姫路獨協大学)                                     日本臨床心理学会は来たる6月25日(土)から26日(日)、兵庫県姫路市で第52回の年次大会を開きます。一般社団法人となってからは初めての、第1回大会となります。また、このたびは「全国オルタナティブ協議会」との共催で運営します。学会のこれからを探るよすがにもなるはずです。                                               大会の趣きに【こころの「医療化」を問う】を掲げました。副題が『公認心理師に未来はあるか? 』 です。                                                                                        昨年の9月、「公認心理師」法案が国会を通りました。心理職に国家認定資格が定まったのです。日本人の心のあり方を、国家からお墨付きを得た専門家が左右する時代になりました。この日を、数十年間の懸案の解決と待ちわびていた関係者もたくさんいます。しかし、心配がなかったわけではありません。一番は、わが国の医療体制の利害が、心の癒やしを呑み込む恐れです。          この国家資格を進めてきたのは「全国保健・医療・福祉心理職能協会」(全心協)です。これは心理職の団体ですが、「日本精神科病院協会」(日精協)の支えあってこそ実現に漕ぎ着けられました。すなわち、精神科医を中心に精神医療を実地に進める人たちが歓迎したのでした。強い力を持つ圧力団体ですから、政治家も動きます。これを見て、わが国の心理学界でもっとも権威ある団体「日本心理学会」なども随いてきました。                       40年ほどにわたり「臨床心理士」の国家資格化を目指してきた「日本心理臨床学会」などは、及び腰でした。彼らの組織した「臨床心理職国家資格推進連絡協議会」(推進連)は、医者と対等以上の「心の専門家」を目指していたのです。しかしじつは彼らに、それほどの知識も技もありません。面目と利権の高みを夢見たものの、「現実」の力関係のもと「千載一遇の機会」と、おこぼれに預かる立場を受け入れました。                              医師の指示を受ける立場とは、「こころの医療化」に与することです。心が医療体制の管理下に入るとは、どんなことなのでしょうか?  精神科医たちは、心の「障害」を見つけ出そうとします。あたかも「まっとうな人間」の条件を知り尽くしているが如くに、変わり者、外れ者に「治療」を求めます。だが医学は、医師は、それだけの見識と技量を備えているのでしょうか?           げんに「鬱病」や「発達障害」などで、曖昧かつ手軽な、ないし偏見に基づく診断基準により、効果が疑わしく副作用の多い薬の大量投与が起こっています。学校に馴染めない生徒が服薬を強いられる場合もあります。ところが、こうした脳神経に働く薬は、いちど飲み始めると止めるのが難しくなります。       臨床心理学という学問は、ほんとうなら、魂のあり方を見極め、力の強い者が心を抑えつけるのに歯止めを掛けねばならない。かつての日本臨床心理学会は<共に生きる>を掲げ、「障害者」と括られる側、「される側」に立つと唱えていました。ところが、ある時から自分たちの生業の方が大切になり、さらには利権集めに向かいました。そのためには「グローバル資本主義」になびく国家の一歯車と成るのをも厭わなかったわけです。すなわち、「する側」に寝返る裏切りに他なりません。                               私たち一般社団法人日本臨床心理学会は、こうした「心の専門家」集団と一線を画します。近代医療が人の命を取り仕切る枠組みが、いよいよ強まっています。しかし、多くのひとたちがこうした権威に疑いを抱きはじめてもいます。ことに心の領域についてはそうです。近代医療は選択肢の一つとしてのみ認める「オルタナティブ」な生き方、身心の癒やしの立て替え直しを、みんなで目指せるようになりたい。「専門家」の権威という鎧を外し、違う者どうしが出会い、いずれもが仕合せとなる<お互い様>を追究してゆきましょう。実践の様ざまな有り方を互いに受け容れ、自からが生かされている礎に立ち返って問い直すべき時を、迎えているのです。                                                  平成28年5月吉日